全逓詩人の会のこと

全逓」という組合の名前はなくなったが、全逓を名乗る詩人の会がある。何度か名称変更について議論があったが、まぁいいか、ということで続いている。5月末、全逓詩人の会の総会が岐阜県恵那で行われた。
 そこでまた、訃報が入った。高橋光昭さん。会の総会に毎年参加され、いつも総会の印象をまとめて、詩を書かれていた。高橋さんとは退職された後、詩人の会の総会でしかお会いしたことがないが、会うたびに「いい詩を書くね。書かなくちゃね。」と励まされたことを思い出す。
 組合に所属することが生き方の選択であり、ワッペン一つつけること、バッジ一つつけることが己の証明のような状況があった。そんな時代を生き抜いて、表現することの楽しさを教えてくれた。合掌。

高橋光昭さんの詩を読もうと「引力」を引っ張り出してみた。1990年3月号。退職されてからの詩を紹介したい。
 
 ぼくの料理
      高橋光昭
ぼくが風邪をひき 母がひき 二人でうつしあって
家族構成がわかり 風邪は永遠に体の中で
ふいているようで 出口を求めて熱となり
時には外にとび出し のどがひりひりかわくのは
砂漠の旅である

はやくオアシスをみつけたいと キャラバンは行き
その砂漠を無事通過させますように
体力こそ病気に勝つ第一条件である

ぼくは栄養栄養と アラーの神に祈るようにつぶやき
祈りが達したので 妹が電子レンジを宅配便で
天から降ってきたように送ってきて

     略

 ひものをやくとあぶらをじりじり出して そりかえり 火葬場を思い出して
 行く行くはおれも ぼくの骨をみんなでつまんでくれるのである 天皇陛下
 もおれも それはどうにもさけられない運命なので 神様になったり 仏に
 なったりするのである
     略


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